「義」について一言

今日は、上杉謙信がいつも口にしている「」について考えてみました。

「義」と言うのは、人間の欲望を追求する「利」の反対語で「義」を重んじる儒教の教えからきているようです。
僧侶として仏門に入った謙信にとって「義」を重んじることは、最もポピュラーな考えだったようですが、あれほどまでに極めつくした戦国武将は、他には見当たりません。

当然、兼続も「義」を重んじたのですが、前回のドラマの中でも「まことの義を見つけうる者があるとすれば、その者は、己との闘いの中に孤独の身を置いて、めい想を続ける者じゃ」と謙信から諭されていました。

諭されるだけなら誰でもできますが、子供の頃に北斗の七星のごとく主君に尽くすよう「母」から教えられことと「」を重んじて生きる教えを融合させ、民を愛し、主君を愛し、郷土を愛する武将に成長していくところは、さすがに、ただ者ではありませんネ。
後々の合戦で鉄兜に愛の一文字を頂いた勇姿が出てくるのではないかと楽しみです。

ところで、戦国武将の名前に「義」の付く武将が数多いことに気づきますが、そんなに「義」という文字は、尊ばれたのでしょうか?
現在にも名前に「義」のつく方は多いと思うのですが、なぜなのでしょうか?

歴史を紐解いてみると「義(よし)は、清和源氏、足利将軍家の武将に代々用いられた通字であり、足利将軍家では、二代将軍足利義詮以来、将軍は義の字を上にして、義満、義持などと名乗った。」とありますとおり大変貴重な文字だったようです。だだし、今とは違って自由に命名することはできづ、主君より「義」の字をいただくだけで、幕府に500貫以上の献金が必要だったというのですから大変なものです。


話は変わりますが、ドラマの中でいろいろな教えが出てきて落ち込んでる自分を励ましてくれるので楽しみでもあります。

★「志ある者は事意(つい)に成る」と万十好きの和尚さん北高全祝大和尚が言っていました。
 ⇒しっかりした志を持てば、どんな困難や挫折があろうとも心配ない。必ずやうまくいく。もっと胸を張れ。
 (北高全祝大和尚の祖先は、武田信玄の旗印「風林火山」を最初に用いた北畠顯家の出と聞いてびっくりしました。)

取り留めのない話になってしまいましたが、歴史ドラマもこんな楽しみ方もあるのですヨ

ではでは・・・


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posted by ドラマ好き@TV | NHK大河ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする